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2011年9月19日 (月)

タイトー「スペースインベーダー」 ~1978年、日本は侵略されたのでした

1978年7月タイトー「スペースインベーダー」

(英語表記だと、Invader”s”なんですけどね)

 

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現代のビデオゲームは、すべてここから始まりました。
名作どころか、まさにビデオゲームの”原点”です。

 

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本作は、西角友宏 氏の制作です。
(現 株式会社ドリームス会長)

 

氏は、タイトー黎明期のアーケードゲームを多く手がけています。

 

インベーダー発売前のゲームでは、”CPU”はまだ採用されておらず、ICの論理回路だけで設計されていました。
(これは、ゲームごとに一々基板や回路の設計をしていたということを示します)

 

西角 氏は早くからCPUの未来性に注目しておられたそうで、
インベーダーはCPU(Intel 8080)を使用した国産初のゲーム基板となりました

(CPU採用により、プログラムを書き換えるだけでゲームを作り替えることができるようになりました)

 

初であるためにお手本も開発ツールも無く、まずこれらの環境を一から、”一人で創り上げた”という偉大なエンジニアです。
(ゲーム開発期間よりこちらのほうが長かったとか)

 

_i1                                           タイトー オリジナル基板

 

 

 

_i0                                        3枚の基板から構成されます
 

 

 

タイトー 「スペースインベーダー30周年記念サイト」
”西角友宏 INTERVIEW”
ttp://spaceinvaders.jp/history/index.html
 

 

日経トレンディ 「スペースインベーダー30周年 ―タイトーが目指す新しいゲームビジネス」
開発者・西角友宏氏、タイトー・和田洋一社長対談
  ttp://trendy.nikkeibp.co.jp/article/special/20080318/1008218/?P=1

 

有野課長の”ゲームセンター「CX」” 第1回放送でも、西角 氏へのインタビューにて開発秘話に触れることができます。

 


 
 

とまあこの度、スペースインベーダーの基板を久しぶりに引っ張り出したので記録に残していこうと思いますw

  #1-「スペースインベーダー」とは?
  #2-「攻略法」 と 「バグ」
  #3-「スペースインベーダー」 に 至るまでの歴史
  #4-「ゲームセンター」 と 社会

 

 

今回はインターネッツの力を活用して、資料を探してお届けしますw
(つまり、ネットから写真をかき集めた、と・・・)

 

あ。ちなみに、CPUを使用した世界初のゲームは、タイトー「ウェスタンガン」(同じく、西角友宏 氏の制作)をアメリカMidway社が再設計しCPU搭載販売した「ガンファイト」らしいです。

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■#1-「スペースインベーダー」とは?

最新ゲーム機でも販売されているので、説明不要な気もしますが、ルールは簡単です。

 

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画面上の55匹の”インベーダー”を撃って全滅させればステージクリアですw

 

インベーダーは、左右に移動しながら一段ずつ下がってきます。
最下段に来る前に全滅させます。

 

最下段まで来てしまうと、残機がいくらあろうと一発でゲームオーバーです。
(これがまたすごい緊張感なんですが、当時の営業からはNGを食らったそうですが、修正が間に合わないという言い訳で実現したようですw)

 

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自機は、画面最下部の砲台です。

 

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自機は、弾を画面上に一発しか撃てません。
それだけに、狙って撃つというのが非常に重要なゲームです。

 

また、インベーダー側も、自機を”狙って”撃ってきます
今となっては当たり前の当たり前なのですが、実は当時には無かった攻撃方法だったりします。

 

インベーダーの攻撃を防ぐために、トーチカ(防御壁)があり、ここに隠れながら狙って撃つというのがポピュラーな攻撃方法です。

 

 

 

もちろん、インベーダーの攻撃を喰らうと一撃でやられ、自機が一機減りますw

 

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インベーダーの数が少なくなると、段々と速度が早くなります。

最後の1匹になると結構な速度で襲ってきます

これもまたかなりの緊張感で、幼少期のオイラにとっては、とてもとても怖かったですwww

 

_i14                                     最後の1匹が速くてブレてますw

 

 

 

 

時折、画面上にUFOが出てきますので撃墜すると、50点~300点入ります。

 

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では、ゲーム画面を。

下記動画は、Midway版(海外ライセンス版)ですが、この筐体も今となっては貴重品です。

ゲーム画面を鏡で反射させ、絵の背景と合わせる、という手法を取っており、雰囲気がぐっと良くなってます。

当時のゲームは、白黒が多く、こういった表現方法で臨場感を出していました。

 

 

 

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当初は、このタイプの筐体が多くて、遊ぶにも身長が届かず苦労しましたがw、テーブル型筐体も併売していました。
(一番初めはレバーではなく、左右”ボタン”でした)

 

 

テーブル筐体は、非常に設置しやすく、ゲームコーナーのみならず、喫茶店を始めありとあらゆるお店に設置され(侵略し)たことも、大フィーバーの一因となります。

 

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                                     当時良く見かけたテーブル筐体
                                 


 
 
 
 

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■#2-「攻略法」 と 「バグ」

「スペースインベーダー」こそ、攻略法とバグの元祖です。

 

これまでもアーケードゲームはありましたが、”攻略法”というものは特にありませんでした。

 

「スペースインベーダー」では多くのプレイヤーが発見し、よりゲームを楽しむ方法が増えました。

  
 

~UFOの点数法則
実は、スタートしてから8発目、15発目、それ以降は15発目ごとに300点入ります。

 

一見、ランダムな点数に見えつつも、ちゃんとパターンで用意されているのでハイスコア攻略に繋がります。

 

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実はこれは、ランダムで点数を出すのはハードウェア的にコストがかかるので、乱数テーブルをプログラムで用意した際に、弾の発射数を元にしていたことから来るそうです。

 

マイコン世代のオッサンなら、BASICのRND関数と言えば分かる人が多いかもwww
プログラムの隙をつくことにより、攻略法になるというものです。

 

 

 

~「レインボー」
これは、純粋なバグであって、攻略にはならないのですが、当時は大変ギャラリー受けする、ゲーマーとしてのウデを魅せつける技です。

 

タイミングよく撃ち、先頭のインベーダーの後ろにいる敵を全滅させ、最終的に最下段のインベーダーを一匹だけにします。

 

_i22                                               結構難しいんです

 

_i23                                            最後の1匹になると。。。

 

 

 
最後の1匹になると高速で移動しますが、
その際に
残像(ドットの消し忘れ)が残ります
これが虹に見えたのでしょうwww

 

世間的には「レインボー」と言われた技です。
1分10秒くらいからレインボーがあります。


 
 

これだけの現象で、特に点数は入りませんが、なかなか難しいので上級者としてウデを魅せつけることができましたw

 

なお、次作の「スペースインベーダー PART II」では、点数が入るようになります。

 

 
 

~「名古屋撃ち」
そして、
もっとも有名な攻略法は「名古屋撃ち」ですね。
発祥が名古屋だから、というが一般的な認知ですが、実際は不明だそうです。

 

まず、下記写真のような感じにやっつけます。
一番端の列の奥1匹だけを残すのがミソです。

この空白地帯が、安全地帯となります。

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このあとはインベーダーが最下段にくるまでひたすら待ちます。まだ我慢です。 

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最下段に来たら、矢印のようにまず一番端まで移動し、端まで行ったら折り返しで内側に戻りつつ、1匹づつ仕留めます。
あとは、全滅させるまでこれを繰り返します
。  

 

なおこの時、
最下段の攻撃はバグ(?)で弾に当たりません!!

 

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この技は、インベーダーが弾を撃つときはすぐ下に撃つのではなく、
インベーダーはキャラクターの”二段下から弾を撃つ”、
という仕様
のために実現した技です。

 

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つまり、インベーダーの1キャラ分の真下は弾が当たらない安全地帯です。

なので、最下段までインベーダーを連れてくるという攻略法が確立されたのです。

 

 

よくもまああああ、見つけたものです。今でも感心します。

 

何故このような仕様にしたかというと、西角 氏いわく、

「すぐ真下から弾を出すと糞尿をだしているように見えるから嫌だった」

とのことw

 

ハードウェアだけでなく、ゲームデザインまでへの気の配りようには脱帽です。。。

 

さて、下記は名古屋撃ち再現動画です。

 

動画を見ればわかりやすいですねw

 

当時、この方法を目の前で見たときは、「なんでー!?」と、遊んでいたあんちゃんに聞いたものですwww

 

なお、この方法を極めると、1日中遊べますwwww
これにより、

”永久パターン”が初めて誕生
しました。

 

 

とまあ、これらは西角 氏が狙って意図的に設定したものではなく、想定外である些細なバグでした。

 

しかし、これにより技が生み出され多くのプレイヤーがより熱狂しました。

そして、この概念は今後のゲーム史上にも大きな影響を与えていきます。

 

 

 

 

 

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#3-「スペースインベーダー」 に 至るまでの歴史

インベーダーより前にも、もちろんアーケードゲームは多数存在していました。

 

しかしその当時は、
PONG系(ポン)BrakeOut系(ブレイクアウト)がもっとも売れ行きが良く、影響力がありました。

 

この「スペースインベーダー」というのが、なぜ革命的なヒットを飛ばしたのかに当たり、ちょっとゲームの歴史を紐解きましょう。

(「PONG」やら「BreakOut」と言ってもさっぱりだと思うので、、、)

 

 

1958年
ブルックヘイブン研究所
ウィリアム・ヒギンボーサム博士 「Tennis for Two」開発(対戦テニスゲーム)
(オシロスコープとアナログ演算器を使用)

 

 

1962年
マサチューセッツ工科大学
学生スティーブ・ラッセル 「スペースウォー!」 開発(対戦シューティング)
(汎用コンピュータ”PDP-1”)

 

 

1971年
後のATARI創業者となる実業家、ノーラン・ブッシュネルによって、
「スペースウォー!」改良版をアーケードコンピュータゲームとして、
「コンピュータースペース」を製品化販売(対戦シューティング)

 

_i44                                     高井商会様のサイトより拝借

 

 

 

 

1972年
かねてより、家庭用テレビへの接続を開発および試作機「ブラウンボックス」を開発したラルフ・H・ベアにより、
世界初の家庭用ゲーム機「Odyssey(オデッセイ)」がマグナボックス社から発売
 

(1966年8月ラルフ・H・ベアがバス停で書いたメモには、「テレビで見たくもない番組に対応するにはどうしたらいいか。テレビをゲームに使えばよい」とあったらしいですw)

 

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                               「オデッセイ」現物(オイラの倉庫部屋から)
                                      いつか別途ご紹介できればな、と

 

 

_i51                (左)オーバーレイ(TVに貼る) や ゲーム用紙ボードなどの付録
                 (右)ゲームカードリッジ(ROMではなく”論理回路切り替えカード”)

 

 

 

 

同年5月
「Odyssey」に入っていたゲーム”1 - テーブルテニス”を元に、ノーラン・ブッシュネルは1972年11月アーケードゲームとして、テーブルテニスゲーム「PONG」発売し、爆発的なヒットとなります。(ブッシュネルはこの時にATARI社を創業

 

 

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1973年
「PONG」のコピーゲームとして、

タイトーが「エレポン」
セガが「ポントロン」を発売。
日本初のコンピュータゲームです。

 

 

20110504234950
                                  タイトーより初の国産コンピュータゲーム
                                         PONG系の「エレポン」

 

また当時は、家庭用でも任天堂やエポック、タカトクなどなどありとあらゆるメーカから「PONG」系(TVテニス)ゲーム機が多数販売されました。
(オイラもたくさん倉庫にあるので、いつかご紹介をします。)

 

 

 

1976年5月
ATARI
「BreakOut」 (ブロックくずし)販売。
また日本ではタイトーによりテーブル筐体が開発され、同ゲームは喫茶店などの飲食店を中心に広く普及しました。
 

 

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このBreakOutは、日本でもやっぱり任天堂やエポック、タカトクなどなどありとあらゆるメーカから発売され、大ヒットしました。(これらの多数持ってるので、、、)

 

 

1977年
ATARI
「Atari 2600 (ATARI VCS)」を発売。

爆発的な売れ行きで全米に広がり、ゲームへの理解度が広がります。
ファミコン前のデファクトスタンダード機種でゲーム史のキーとなるゲーム機の一つです。「BreakOut」も移植されました。(なぜかPONGは移植なし…)

ちなみに、日本でもATARI2800として販売されましたが、あんまり売れず…
 

 

_p10                                               VCS ATARI 2600

 

 

 

 

さて、ここまでがビデオゲーム黎明期主流の流れです。地味ですよねwww

基本的に、ラケット(バー)を使って、弾を跳ね返す、というゲームが爆発的売れ行きでした。

 

もっとも、これ以外にもたくさんのビデオゲームが発売されていました。
もちろん、タイトーもこれまでに約50種のアーケードゲームを制作しています。
PONGやBreakOut以外のビデオゲーム一覧は下記サイトを御覧ください。

   OLD-COMPUTER.COM
   Arcade
Video Game History from PONG 1972.

 

  _img_0541                             またちょっと、当時のゲームを遊んでみたい人は、
                         Nintendo DSで「アタリミックス10」が販売されています
              当時のATARIのアーケードゲームが遊べるので雰囲気が味わえます

_img_0542                                       PONGやBreakOutもあります 

                                                

しかし、こんな中で登場するのが、
1978年7月タイトー「スペースインベーダー」です。

  ・敵が編隊を組んでいる
  ・多くの敵が一度に襲ってくる
  ・敵が侵略してくるという緊張感
  ・敵が自機を狙って能動的に攻撃をしてくる

 

これらは、 衝撃的でした。

西角 氏は、BreakOutで”画面上部に固まっているブロック”をヒントに作成したとのことですが、氏が作ったゲームは今までのゲームとはあまりにも異質で、抜群のインパクトとゲーム性でした。

 
 

今やると地味ですけど、
当時は牧歌的な雰囲気のゲームが多かったです。

無論、戦争や戦いをテーマにしたゲームはありましたが、とてものんびりしたゲームでした。
 
 
ちなみに、西角 氏は当初、インベーダーのデザインを飛行機にしましたが、なめらかでないので諦め、次に「人間」にしました。
 
しかし、人を撃つのは良くないだろう、ということで”モンスター”というモチーフを採用することにしました。このような変遷を経てキャラはあのデザインになりました。
(つまり、こういう時代だったんです)

 

 

そんな中で、こんなにアクティブに敵が攻撃をしてくるゲームというのがなく、この刺激性により多くの人が虜になりました。

 

なお、当時のゲームコーナーの雰囲気をインターネッツで拾ってきた写真でお届けしますw 

 

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_i55                             旅館のゲームコーナーのパンフレットだそうです   

 

 
  

 

こんな雰囲気の中で登場した「インベーダー」 は、あっという間に日本中を侵略していきましたwww

 

そして この「インベーダー」によって作られたゲームシステムは、テンプレート化し今でも、シューティングの基本として受け継がれていき、現代のシューティングゲーム史に最も大き影響を与えた侵略者なのです。

 

 

 

 

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■#4-「スペースインベーダー」 と 社会

 ・「サンシャイン60」 完成
 ・「ディスコ」 が流行る
 ・「成田空港」 開港
 ・買い物袋が、紙袋からポリ袋に変わった

 

こんな出来事があった1978年インベーダー登場前の時代、まだ「ゲームセンター」はそんなにありませんでした

 

その時のゲームは、デパートの屋上や遊園地のゲームコーナー、そして喫茶店くらいで、ビデオゲームを専門でやっているお店いはすごい少なく、家族連れで子供を遊ばしておくところ、という感じでした。

 

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しかし「インベーダー」登場後から、この雰囲気は一気に変わります。

 

当時のインベーダーの熱狂は凄まじいものでした。幼少期のオイラでも、それを感じ取ることができたくらいです。

 

テレビをつければ、インベーダーの話題。
インベーダーのレコードもでましたw

 

 

 

おもちゃとかも、何かというとインベーダーを絡めて商品を作ってました。
学校では、インベーダーごっこ。友達との話題もインベーダー。

 

 

とにかくあの熱狂ぶりは、今では考えられないくらいものすごく、多くの大人たちを夢中にさせました。

 

なんせ、あまりの売れ行きのため、1日に4億円ほどの100円玉が流通し、日本中の100円玉が供給不足を起こすという現象まで引き起こされたくらいですwww

 

そして、数多くのゲームメーカが、違法インベーダーコピーを作成販売しました。

(今では超ビッグカンパニーのメーカですら違法コピーしていました)

 

この時に、数多くの「インベーダーハウス」、今で言うゲームセンターが乱立しました。

 

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しかし、当時のゲームセンターのイメージは最悪でした。

 

事実、治安も良くなかったです。
ほとんどのお店は店内が真っ暗で、タバコの煙がもくもく、そしてやっぱり遊んでいる人の多くは、怖い感じのお兄さんがいっぱいいました。

 

1978年当時の各社新聞記事から。

 

20110601190025

 

 

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遊園地のゲームコーナーはともかくとして、インベーダーハウスには、子供が入れる雰囲気は微塵もありません。

しかし、当時オイラはよく通ってたんだなあ、、と、よく学校の先生に怒られましたがw
結構、こういう子供は多かったです。100円玉握りしめて。

 

 

インベーダーハウスにいる学生や大人たち(?)によるゲーム代欲しさにカツアゲや強盗が多発し、完全に「不良のたまり場」というイメージがインベーダー時代に作られたものです。

 

 
それにより、学校の校則も作られるというくらいです。

_i25                                     1978年7月14日 佐賀新聞

 

_i26                                   コロコロコミックで連載していた
                 「ゲームセンターあらし」にもこんな表現があるくらいです

 

 

一部のゲームセンターは、小中学生は立入禁止など自主規制をしたところもありましたが、1985年にインベーダーの影響により風俗営業法が改正され、射幸心を煽り社会に著しく芳しくない影響を与えるという理由で、ゲームセンターは「風俗営業」と認定されます。

 

また今でも風営法には、射幸心を煽る遊技機の代名詞として”インベーダー”という単語が使われているくらいです。

 

 

西角友宏 氏によって作られたインベーダーは、 本人の意図するところとは別に、まさに日本社会を”侵略”し、またゲーム史に偉大すぎるほどの影響を与えたのです

 

 

2013年3月30日追記:

当時のゲームセンターの雰囲気に近そうな、またインベーダーについての時代背景や説明、西角 氏のインタビューもある動画のリンクをいただきましたのでこちらに張っておきます。
「バッティングチャンス」の記事に関していただいたリンクなのですが丁度よかったのでー。

外部プレイヤーで動作しないようなので、下記リンクをクリックしてください。
3分6秒からインベーダーのチャプターになります。

 

 

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しかし1979年7月頃から、インベーダーブームは下火になります。

 

ゲーム業界は、次なるヒット作となるポストインベーダーを待つことになります。 
その一つが、
1979年10月ナムコ「ギャラクシアン」となるのです。

 
 
 





なんか、ものすごい長尺になってしまいましたが、、、
30年以上たった今でもインベーダーの影響力はスゴイですね。

 

 

しかし、、、よもや、このタイミングで、インベーダーの新作(?)が販売されるとは思わなんだ。

iPad用のオプションで、アップライト筐体型コントローラが出るとは、、、
ttp://www.taito.co.jp/toys/invadercade/
_i61

 

 

 

そして何故かさらに、「インベーダー」 の新作映画が。。。
ttp://eiga.com/news/20110708/10/

 
 
 

 

まだまだ、西角友宏 氏によって作られた「インベーダー」の侵略は続いているってことで www

 
 
 
 
 

 

■最後に

今回の記事では本当に多数の資料を参考にさせて頂きました。

Wikipedia各記事
YouTube各動画
思い出のゲームコーナー(ttp://www.geocities.co.jp/Playtown-Bingo/7208/index.html)
The Angry Video Game Nerd (AVGN) EP#89
”ゲームセンター「CX」” 第1回放送
日経トレンディ 「スペースインベーダー30周年 ―タイトーが目指す新しいゲームビジネス」
タイトー 「スペースインベーダー30周年記念サイト」
Old-Computer.com (ttp://www.old-computers.com/)
Pong Mythos (ttp://www.pong-mythos.net/)
高井商会 様 (ttp://www.ampress.co.jp/takaishokai/takaishokai.htm)
おにたま(オニオンソフト)のおぼえがき (ttp://www.onionsoft.net/)
 

そして、その他多くのインターネットに情報を公開していただいている皆様に、深く感謝をいたします。

 

 

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アーケード」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりですm(_ _)m
自分は小さい頃におもちゃのインベーダーゲームをやったきりでオリジナルに触れたことは無いです(´・ω・`)
生まれた時にはすでに家庭用ゲームが盛んだったので、ゲーム黎明期の話はむしろ新鮮でした
記事にある旅館の写真のようなゲームセンターがまだあれば行ってみたいです

話が変わるんですが、自分のブログにこちらへのリンクを貼らせてもらってもよろしいでしょうか?

>>HaNiWaさん
いつもありがとうございます!
残業で遅くなりましたw

インベーダーフィーバーは、本当に当時の年代にいないとわかりづらいと思うのですが、今でもタイトルがでるくらいなので、当時の熱狂ぶりはさもりなんです。
また当時のゲームの歴史は、もっとたくさんあって複雑なのですが、今以上にバラエティにとんだゲームが多くでました。

旅館のようなゲームコーナーはまだあるところにあるあるようですよー。ゲームセンターCXの「たまゲー」のコーナーでも取り上げられますが、古びたホテルや旅館を選べば似たような感じのあります。ノスタルジックかつ今のゲーセンにはない牧歌的な雰囲気がたまりません。
(ちょっと探しておきますね)

はい!リンク、喜んでお願いいたします!!

インベーダー基板って言ったって、所詮MIDWAYの2枚基板のパクリじゃん。(タイトーお得意の小型化はしてるけどね。西角氏の技術者としての意地だろうけど)
”8080を使った国産オリジナルゲーム”ならインベーダーが最初かもだけど、ブロケードとかは8080でインベーダーより前だね。タイトーのトランポリンだってCPUに6502使ってるけどインベーダーより前だよ。

>>通りすがり さん
コメントありがとうございます!
こういうご指摘は大変助かります!

いやー、パクリっちゃーそうなんですよね。
当時、Midwayが最初に8080基板を完成させていましたね。
そしてMidwayとタイトーは販売・技術提携していたので、その流れでCPU搭載基板のベースとなったのはMidway 8080基板ですね。(デカイL字型のヤツでしたよね)

で。
テーブル型筐体に入れるために、3枚基板に小型化したという経緯と理解しています。
ので、おっしゃるとおりロジック基板の完全オリジナル設計ってわけではないです。

「ブロッケード」は8080採用ですが、Ramtek(Gremlin)開発/タイトー国内販売だったため。(「バリケード」)

また、6502採用のタイトーの78年「トランポリン」ですが、、、勉強不足ですいません。
うろ覚えですが、これExidy開発/タイトー販売だったと思うので、国産の枠に入れませんでした。

ブロッケードとトランポリンに関して、どこまでタイトーが開発に関わっていたかは、わからなかったのですが、とりあえず”販売”というところで括りました。


あと、インベーダー30周年のタイトー公式ページに、”日本で始めてマイクロプロセッサ「CPU」を使って生まれたゲームである。”と掲載もされているので、一応それも踏まえ、開発と販売を両方しているゲームということで「国産初」という表現で記載しました。

このあたりもまとめて見たいと思います!
(Midway8080基板欲しいんですけどなかなか入手機会が無いですね・・・)

>>トランポリン
トラピーズ(Exidy)はどっちの開発かは不明。状況から言ってExidyだろうけど。

>>ブロッケード
確かに開発は日本じゃないね。海外のコピーが本当に多い。

>>インベーダー
国産初のCPUゲームなら「ゲッタウェイ」じゃないかと個人的には思ってる。
ゲッタウェイと思われる基板が丁度オクに出てるんで、写真見てね。
http://page11.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n104385360

連投スマン。
ゲッタウェイのチラシもあった。
http://ps04.aucfan.com/aucview/yahoo/g100795040/
”業界で初の16ビットマイコン”なる表記もあり。

「TVゲームの歴史」の赤木さん監修のリストで確認したけど、1977年は国内開発でCPUを使ってると思われるゲームはなし。
1978年でやっと、インベーダー、ブルーシャーク、ゲッタウェイ、ニャンコロ、キャッスルテイクがあるくらい。ニャンコロはサーカスのアレンジだし、ブルーシャークが国内開発なのかはよくわからない。実は、キャッスルテイクが国内初のCPUゲーム、なんてこともあるのかも・・。

>>通りすがりさん
ご親切に本当にありがとうございます!!
やっと残業が終わりました。。。

しかもお調べいただいたみたいで感謝の至りです!
頂きましたリンク先も見ました!


国産初は、インベーダー以外でも”ゲッタウェイ”か”キャッスルテイク”か、なんてとても興味深いです!


”ゲッタウェイ”は実物を遊んだ記憶が無いのですが、ユニバーサルからまさかの16bit搭載とは!
リンクで頂いたオクのやつに手を出しそうですがハーネス資料もなさそうですね。というか、完全コレクターアイテムですねw

で。オイラもチラシ見つけました!
http://flyers.arcade-museum.com/?page=thumbs&db=videodb&id=5914



三共”キャッスルテイク”は、横浜ドリームランド と 横浜岡田屋の屋上で、すごい遊びました!
独創的なブロック崩しで印象に残っています。
現物やりたいです。。。


キャッスルテイクのおかげで、名前を思い出すことができたのですが、ツタンカーメンのブロック崩し?の”ピラミッド”!
長い間タイトルを思い出せませんでしたが、入手したくてたまらない基板ですw
入手できなくても、現物をやりたいです。。。
 
こっちもチラシありました。
http://flyers.arcade-museum.com/?page=thumbs&db=videodb&id=3444



ゲッタウェイとキャスルテイクの販売された月まではわかりませんでしたが、まさかのCPU搭載の先駆け、さらには国産初の可能性もあるのかと思うと、ドキドキします。


これらが同時期くらいの販売であっても、実際完成していたのはどれが早いかですねえ。
そういう意味では、インベーダーはMidway技術を引き継いでいるので、純国産という意味ではおっしゃるとおり、”ゲッタウェイ”か”キャスルテイク”が濃厚かもですねええええ。
すごい面白い!


本当に貴重な情報ありがとうございます!!

炎のコマーーーーー

スーパーノヴァは1かいしか使えないはずなのに、2かい使ったのは僕との秘密の約束だぞ。

まあ国産初とかはあんまり意味ないってことだよ。タイトーの人も、よくわからないけど、社史にそう書いてるからサイトに載せたんだろうし、その程度の認識だろうね。

>>16bit
よくわからんCPUだし、エセ16bitだろうけどな。

>>横浜ドリームランド
おお、戸塚住民の俺にはなんと嬉しい。閉園時に写真撮りに通ったわ。確かにキャスルテイクあったね。

>>ピラミッド
三共のブロック崩し3部作・・最終形態の「鬼ヶ島」(桃太郎)もあるよ!超レアだけどな・・・

>>ささき さん
コメントありがとうございます!

炎のコマはですねえ。インベーダーの話では出てこなくて、”ギャラクシーウォーズ”の話で出てきたはずなんですw

スーパーノヴァwww

>>通りすがりさん
度々のコメントありがとうございます!

まぁー、せっかくなのでこういう歴史的なものは調べておきたいなって思ってます。
インベーダー自体、今となってはウリがあんまりないので、こういうところも書いておこうかなってところもあったのですが。
 
タイトーの人も当時のことを知る人は、今はほとんどいないでしょうし、もしくはプロモーション的なキャッチコピーというところもあったのではと正直思ってます。
 
 
16bit CPU、頂いたリンクの画像から型番らしきもの見てみたのですが、、、9900と書いてあったのでTMS9900っぽいのかもしれません。出品ページに書いているのをそのまま信じただけなので、まったくわからないのですが。
(いまヤフオクみたら、Midway ”Guided Missile”が出てました…) 
 
 
オイラは横浜出身なので、ドリームランドは良く遊びに行きました。
潜水艦みたいな水中に入る乗り物 と 揺れる観覧車とかは今でもトラウマですw
でも、ゲームばっかり遊んでましたが。
閉園を知った時は、写真を取りにいきたかったですが、すでに地方へ転勤だったので返すがえす残念です。。。
 
戸塚も良く遊び行きましたー。
友達とテーブルトークRPGのサークルwとか、駅前のゲーセン(だったか、うろ覚えですが)でピットフォールⅡとかエクイテスとかw 
  
三共ブロック崩しの”鬼ヶ島”は、まったく知りませんでした。。。ググッてもでてこず。相当レアみたいですねええ。
このシリーズですので、さぞかし独創的なブロック崩しだったのでは、、、ポワワワ

>1978年7月タイトー「スペースインベーダー」

1971年7月生まれの私はインベーダーを当事、幼稚園時代に近所のヤマハピアノ教室の帰りに母親にゲームセンターに毎週連れてってもらってた思い出がありますが
仮にインベーダーが1978年7月の登場ですと小学1年生になってしまいます・・・w
WIKIなどにも78年となってますがたぶんゲームセンターにインベーダーが置かれてたのは78年3月以前(自分が幼稚園卒業した月)より前だったのは自分の記憶からも間違いないと思います。

NHKルポルタージュ日本でタイトー関係者が開発に2年と言ってることからも正式に販売される以前からかなりの機体数が市場に流通してたことが伺えますw

71年生まれの人が他にも読んでくれてる人がいたらたぶん証明できるとは思うのですがたぶん77年頃には普及していた可能性もあると思います・・・

>一番初めはレバーではなく、左右”ボタン”でした

これはその通りです。
自分初めてインベーダーをプレイしたのは親に内緒で近所の子供と一緒に100円だけ持ってプレイしにいって誤ってボタン式の機体を選んでしまって幼稚園児ながら後悔をした思い出がありますw

> 1971年7月(昭和46年生まれ さん
すっかりいまさらですが、、、コメントありがとうございます!!

>>>1978年7月タイトー「スペースインベーダー」
当時幼かったオイラは、いつ遊んだか結構曖昧で、、、 拠り所を資料にするしかないのですが。。。
  
追加資料としては、出典はアミューズメント通信社発行「アーケードTVゲームリスト国内・海外編(1971-2005)」の83Pからです。
あとは、タイトー公式ページからですねえ。
http://spaceinvaders.jp/history/chronologic/index.html
 
  
とはいえ、おっしゃるとおり、開発期間は結構長かったので(開発ツールだけで1年とか)、ミッドウェーとの技術提携で手に入れた8080基板のソフト実装とかのテストも兼ねて、正式販売前にロケテとかで出ていたのかもですね。。
(左右ボタンは今思っても、ありえないですね、アレw)
 
 
 
とりあえずオイラのインベーダーの記憶の一つとしては、幼稚園でボールをぶつける「インベーダー」ごっごをしていたりw
幼稚園の先生にゲームセンターに行ってはいけません、と怒られた記憶がありますww
 
ご存知の通り、当時のゲームセンターは大変いかがわしいところでしたが、小さい子が行くと、お兄ちゃんたちが優しくしてくれたので、なんでダメなのか全く理解できませんしたwww
 
・・・今思えば、よく誘拐されなかったものだな、とwwwww
 
 

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