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2012年2月

2012年2月20日 (月)

任天堂「ドンキーコングJr」 ~トムとジェリー、仲良くケンカしな♪

1982年8月 任天堂「ドンキーコングJr」

 

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いやあ、やっぱりブログのアップに3週間かかるわけで、、、
そして、基板のオクでいろいろ負けましたw 予算が無く。。。
えーっとアレです。貧乏暇なし。。。

 

ほいでついでに思えば、初めからそんなに広くないですが、ゲーム倉庫部屋も狭くなってきましたなあ。。。
もう、ラックに基板もしまえないので、ダンボールに突っ込んでます。。。引越しとか考えないと、です。(お金ないのになぁ)

 
 
 

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そんなこと考えている上に、さらにネタが尽きてきたというか、なんか思い浮かばないところで、
安く「ドンキーコングJr.(1982年8月)」を手に入れることができました

 

すでに「ドンキーコング(1981年3月)」、「ドンキーコング3(1983年10月)」の記事の間を埋めれるように、今回は「ドンキーコングJr」のご紹介ですw

 
 
 
 

「ドンキーコングJr.」はオイラがとっても好きな作品の一つでもあります。

本作も、宮本茂 氏のデザインで、アスレチック性にとんだステージ構成が、なんといっても面白いのです。

 

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なお当方の基板は、(たぶん)任天堂純正です。
(以前、「ドンキーコング」の記事のコメントでも頂きましたが)任天堂基板は、基本的にRGBが反転しているのでRGBボードが必要なようなのですが、今回ボードも手に入りました。

 
 
 

_d6           任天堂の配線表は、いつ見てもよく分かりませんw
  RGBボードを自作できる自信はまったくないので入手できて良かったです


 
 

さて、今回は、

  #1-「ドンキーコングJr」.のおもしろさ
  #2-頭もいいぞ!「ドンキーコングJr.の算数遊び」
  #3-ドンキーコングをめぐる任天堂の舞台裏

でお届けします。

 

 

 
 

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#1-「ドンキーコングJr」.のおもしろさ

「ドンキーコングJr」 は、ご存知の通り「ドンキーコング」の続編として作られました。

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そして、マリオの”正式な”デビュー作です。
(ドンキーコングではまだ名前がなく、Jr.の本作で「マリオ」と記載されました)

 

 
とはいえストーリーは、

”ジャングルでマリオに捉えられ檻に閉じ込められたドンキーコング(パパ)を、息子のドンキーコングJrが救出する”

という、、、マリオ悪役デビューですよw

 

前作ドンキーコングでは、マリオはレディを救うヒーローでしたが、今回は逆襲劇で仕返しですw

 

_d50                  主人公の「ドンキーコングJr」
      シャツを着ていて、シャツには「J」と書いてあります(たぶん)w

 
 

_d13                オープニングでパパがさらわれます
                  マリオが2人いますけどw
        (マリオのオーバーオールを借りたルイージだったりしてw)

 

_d14             「鍵を手に入れマリオからパパを救出しよう!」

 

 

オイラが「ドンキーコングJr.」を好きな理由は、

 ・ジャンプ以外にも登る/降りるのアクションが操作していて楽しいこと
 ・ステージごとにゲーム性が変わり楽しいこと

 

です。
前作ドンキーコングでは、”ジャンプ”が採用されたアクションゲームでしたが、本作ドンキーコングJr.のポイントは、まさに
”登る/降りる”がポイントです。

 _d51           片手でも登れますが遅いです、両手で登ると速い!

 

_d20                 降りるときは、片手のほうが速い!

 

_d17          スナップジョーが自分の掴んでいるツタに降りてきたら
        すかさず片手に切り替えるか、別のツタに移動が必要
                    結構、忙しいですぞ
            (まあ失敗して噛まれたところですがw)

 

 

コングが登るや降りる仕草が、本物のコングのように再現(?)されているということもありますが、、、

 ・それぞれで移動速度が変わるということ
 ・ツタの掴まり方を間違えると落下するというドキドキ感
 ・ツタにつたわって敵が来た際に手の切り替えが必要

と、この操作性の幅が前作よりぐっと広がっていて、操作していてとても楽しいのです。

 

 

ステージ構成は前作同様4部ですが、前作よりもぐっとバラエティにとんでジャンプ、登る、降りる、が存分に生かされていてとても楽しく仕上がってるのです!

そしてモチーフは、工事現場ではなく今回はジャングルです。

 

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■ステージ1

まず、前作ドンキーコングより楽しげな雰囲気があって好きですw

ゴールまでのコース取り、というのも面白いところなのですが、リオが放つ”スナップジョー”をかわすために、登り/降り と 両手持ち/片手持ち、を駆使する面白さがあります。

 

今、意識しながら遊ぶと、こういうことに躍起になる自分がいて、なかなかのゲームデザインに感心します。

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_d58      コースはジグザグでツタをつたって、ステージいっぱいに動いて
                  マリオの上にある鍵を取りに来ます

 

_d52           前作と違い、攻撃できるハンマーはありませんが、
             ところどころにあるフルーツに触ることで、
       フルーツを落としスナップジョーに当てて攻撃ができます

 

 

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■ステージ2

ステージ2もジャングルです。

基本的にステージ1と同じようにツタを渡って行きますが、このステージはなんと言っても、ステージ2ではジャンプ台となる”ジャッキ” や 左右に移動するツタ と 浮島、ときおり卵を産み落としてくる鳥、など、ステージ1とは似ていても異なるギミックを使いこなす楽しさがあります。

 

これによってステージ1とは違う、面白さがあります。

 

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_d54          本来は、ぐるぐる回ってマリオまで到達できますが

 

_d57       スタート直後の”ジャッキ”でタイミングよくジャンプボタンを押すと
             大ジャンプができショートカットができます

 

若干コツがいりますが、この”ショートカット”ができるだけで、このステージの遊び方にちょっとした変化をもたらしてくれます。

小さい頃は、よく失敗してミスしてましたがw

 

_d29                        オマケ
              鳥が落とす卵をキャッチ!(嘘です
                   当たるとミスです・・・

 

_d35        ステージ2をクリアすると、マリオがパパをヘリで連れ去ります
          そしてJr.は傘で追いかけるデモがありますwww

 

 

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■ステージ3

さてヘリでマリオが逃げたところは、ジャングルステージからうってかわって、、、ココはなんでしょうね。。。?

今だによくわからずですが、水道管?でもなんか電気っぽいので、発電所みたいな何かでしょうか。
(オイラはここを見るたびに、アイレムの「ワイリータワー」を思い出します…)

 

このステージは、ステージ1や2とは変わり、前作ドンキーコングの25mのように、”青い電気” ”黄色い電気”をジャンプでタイミング良く避けるというゲーム性に変わります。

 

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_d59                このステージは今までの遊び方と違って、
      電気みたいのが走ってくるのをジャンプして避けるステージで
            「ドンキーコング」の25mみたいな感じですが
             今までのステージとは違ったゲーム性です
 
     なお、”青い電気”は右回り、”黄色い電気”は左回りで回ってます
             ”青い電気”は段々下段に降りてきます
           ”黄色い電気”は同じ段をくるくる回っています

 

_d39        最後の最上段に飛び移るところが何気に難易度が高いです
             なんせ、”黄色い電気”が異常に速いっ!
          タイミングを上手く合わせないと、鍵に辿り着く前に
              避けきれなくなることが多々あります

 

 

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■ステージ4

前作でいう100m(最終ステージ)です。

このステージでは、ジャンプは殆ど使わず、ドンキーコングJr.ならではの「登る/降りる」が主体になります。

 

鍵を上に持ち上げるときは両手で、下に降りるときや敵をかわしたりするときは片手で降りる、という使い分け中心になります。

 

_d41                    画面下にある鍵を、、

 

_d42                  画面最上部まで持って行きます
                もちろん両手上りが速く移動できます
              そして下に降りるときは、片手で降ります 

 

_d43                       両手持ちで2つ同時に差し込み完了

 

_d44               これらの鍵を全部挿し込めばクリアです

 

_d45               クリア後は、パパとマリオが落ちてきます

 

_d46             パパをがっちりキャッチ!Jr.は力持ちだ!

 

_d47                パパを連れてJr.が逃げるところを、
                懲りないマリオが追いかけ。。。

 

_d48               マリオはパパに蹴り飛ばされますw
                 これで1ループクリアです

 

というわけで動画です。

 

 

 

前作「ドンキーコング」では、常にジャンプ主体でかわすことが主でしたが、
本作「ドンキーコングJr.」では、ステージごとにゲーム性が変わるところが、本当に面白いです。

 

これを意識しながら遊ぶとまた、このデザイン性は良く考えられたゲームだなあーと感心します。

 

 

 

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#2-頭もいいぞ!「ドンキーコングJr.の算数遊び」

 

さて、パパ救出のために大活躍したJr.ですが、この後にファミコンでも発売され、多くのファミっ子たちを喜ばせました!

ファミコン版「ドンキーコング」とは異なり(50mが省略。。。)、ファミコン版「ドンキーコングJr.」では、4ステージがフルに移植されています!
デモは省かれているのがちょっと残念ですがっ。

 

ちなみに、、、
ファミコン版「ドンキーコング」と「ドンキーコングJr.」は、本体同時発売ソフトとして両方とも1983年7月15日発売です。

・・・でもなんで「ドンキーコング」ではステージがひとつ省略され、「Jr.」ではフル収録だったのかは今だに謎です。。。

 

当時、自宅でフルステージの「Jr.」が遊べるってことが、どれだけ嬉しかったことかっ!

そんなJr.はファミコンでも大活躍です。

 

_d10                   完成度高いですよー

 

 

 

 

 

またさらに、Jr.の活躍は続きます。

当時、ファミコンを買ってもらえなかった子供達も沢山いました。。。クリスマス商戦の前に、そんな大人を説得する材料に生まれたのが1983年12月12日「ドンキーコングJr.の算数遊び」です。(本当かっ!?)

_d8                意外にアツイんですよこれがまた

 

 

これがまた単なる、親にファミコンを買ってもらうための口説き用教育ソフトwだったか(父親相手なら「麻雀ができるよ!」でしたねw)、
というと実はそうではなかったのです。。。

 

まあ、それはちょっと後にして、、つづけてマイナー物品の紹介です。

 

_d9                  一般販売はありませんでした

 

「ドンキーコングJr.」(の一部) と 「算数遊び」(の一部) をカップリングしたソフトがシャープからも発売されます。

これは、当時シャープから販売されていたファミコン内蔵テレビ「マイコンピュータテレビ C1」に同梱されていたもので、単体販売はありませんでした。

 

_d60                     「C1」の勇姿w
   (残念ながらC1本体は持ってないので画像をネットで勝手に拝借・・・)

 

しかしこれがまた、中途半端なデキでして、、、「Jr」.の”ステージ1と4”だけ、「算数遊び」からは”エクササイズモード”のみしか搭載していません。

ので、コレクター以外にはまったくもって無用の長物ですw

 

 

 

さて、ここで「ドンキーコングJr.の算数遊び」に戻ります。

如何せん、アーケードでは出ていなかったので、「Jr」.そのものと比べるとマイナーなのでやったこと無い人、「教育ソフト」だろってことでそもそも興味すらなかった人がいたりするのが本当に残念なくらい、これもまた面白い作品です。

 

 

算数遊びというだけあって、

「パパが出す”数字”をお題に、Jr.がジャングルの中にある”数字”と”演算子”を使って、”数字を導き出す式”を先に作る」

という本当に”算数”のゲームです。なお、5本先取で勝利です。

 

これだけ聞くとのんびりパズルゲーって感じですが、「算数遊び」は対人専用の対戦ゲームでして、相手より先に答えにたどり着くのが目的です。
(同作には”エクササイズモード”という一人用のゲームもあります)

 

 

そしてこの対人戦がアツイのなんの。。。
演算力を始め、知略、謀略、を張り巡らす
アツイ対戦ゲームだったりするのですw

 

そんなアツさを代弁してくれる解説動画がありましたので(あーラクチン) 、ぜひ見てください!(TASさんですがw)
(オイラの能力では、文章と写真では説明しきれず・・・)

 

 

運の要素もありますが、真っ先に計算ができる人が強いゲームです。

しかしこれがまた、単純に計算能力が高ければ勝てるというものではなく、

 

  ・スタート直後に、答えへたどり着くための式構築の最短ルート把握
  ・相手に先に完成させないための数字先取り と 計算式構築
  ・状況変化した瞬間の再計算 と 最短ルート把握

 

など、”算数ゲーム”とは思えないくらいアツイ要素があります。

上位同士の戦いはそりゃあもう、ぷよぷよ対戦や対戦格闘ゲームと同じくらい深いです。

 

しかしこれがまた、イザ自分で遊ぶと計算できないできないw
でもヘボ同士なら、かなりムキになれますw

 
 

・・・惜しむらくは、「対CPU戦が無く、対人専用ゲーム」ということと、「システムに若干の穴」があることです。

 

「システムの穴」というのは、演算子が常に1P側に出現しやすいということがあり、1Pが少々有利で対戦ゲームとしては公平ではない部分が少々残念。。。

 

しかし、負けたほうが1Pサイドを取得する、というローカルルールを導入すれば回避できます。これによりかなり盛り上がれます。

 

 

 

対戦格闘では、フレーム認識能力や反射神経、攻撃パターン解釈が究極的に求められ、もはや別世界の住人にならないと到底かないません。。。

 

しかし、本作はそんな常人が辿りつけないようなアクション性は要求しませんし、コツを掴むとすぐに上達します。あとは”戦略”ですw

 

また、ギャラリーも外野で見てても、なんせ算数なので、あっちじゃない、そっちじゃねー、と簡単にワイワイ騒げるゲームですので、友人たちが集まったら是非やってほしいゲームです

しかも安いですよ!
(Wiiのヴァーチャルコンソールでも500ポイントでありますがw)

 

                      

 

 

正直、今この時代にちょっとリファインして、CPU戦も追加して、Wiiでネット対戦ができる!、ように出せば結構売れるんじゃないだろうか、と!。

 

任天堂さん、、、なんとかなりませんでしょうか。。。

 

 

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#3-ドンキーコングをめぐる任天堂の舞台裏

 

「ドンキーコング」と「ドンキーコングJr.」は、任天堂をビックカンパニーにするには十分すぎるほど大ヒットしました。

 

で。

 

「ドンキーコング」三部作がそろったことで、せっかくなのでちょっと毛色を変えて、今までの記事ではあんまり触れなかった、
「ドンキーコング誕生」の経緯と
「当時の任天堂の舞台裏」について

ご紹介したいと思います。

 

知る人ぞ知る有名な話で、多くの人により多くの話がありますが、また後半は時系列が複雑に入り組むもので理解が大変なので、(オイラなりの整理整頓を兼ねて)まとめました。

 

参考文献:
「ゲーム・オーバー任天堂帝国を築いた男たち」 デビッド・シェフ著/篠原 慎=訳
「ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男たち」 牧野武文 著
「横井軍平ゲーム館 ゲームボーイを生んだ発想力」 横井軍平・牧野武文 著作
「それは『ポン』から始まった」 赤木真澄 著
「ニンテンドー・イン・アメリカ 世界を制した脅威の想像力」 ジェフ・ライアン著/林田陽子 訳
「ドンキーコング 任天堂公式ガイドブック」 小学館
ドンキーコング発見伝」 サイト名:Runner's High! / loderun 氏
ドンキーコング」 Wikipedia

                        
                        

・・・とてつもなく文字ばっかり続きますが、その点はご容赦ください。w
また、いろいろ割愛している部分もありますので
(理解違いがあったらすいません)
詳細を知りたい方は、ぜひ上記ご紹介の参考文献のご一読を!

 

 

 

●「ドンキーコング誕生」の経緯

まずは、(当時は名もなかったマリオの誕生である)「ドンキーコング」のちょっと前から始まります。

 

経緯は、そもそも任天堂 山内 溥 社長がアメリカ進出の野望を計画したことに端を発します。

 

アーケード業界はすでに「インベーダー」「パックマン」「ギャラクシアン」が発売され華やかな時代。

 

その時、任天堂はアーケードゲーム「レーダースコープ」を開発中、そしてアメリカではアーケード/家庭用ゲームメーカーATARIが爆発的な人気を博していた1980年。

 

この年に「ニンテンドー オブ アメリカ」(以下NOA)を設立します。

 

 

NOAの社長は、当時、任天堂の山内社長のご息女(長女) 陽子さんの夫である”荒川寛” 氏が、NOA設立のため渡米します。

 

 

まずはじめにしたことは、現地で販売販路開拓のためにディストリビューター(という名のトラック運転手)を2名採用することに始まりました。

米国で展開し一気に利益をあげるために、運営資金の殆どを「レーダースコープ」3000台に費やし、アメリカへ輸入しました。

 

 

シアトルで行ったロケーションテストでは良好だったものの、船便で3ヶ月かけて揺られてきた「レーダースコープ」は到着したころには古いものとなり、売れませんでした。

なんとか1000台さばいたものの、2000台の在庫はNOAを倒産させるには十分なものでした。
これによりNOAは、いきなり倒産の苦境に立ちます。

 

 

山内社長 と ご息女の陽子さんには親子の確執があり、また荒川寛 氏も山内社長とうまくいっていない部分もあったことから、素直にこのことを報告できずにいたようですが、恥をしのんで山内社長に相談します。。。(その際、相当揉めたようです)

その結果2000台の在庫を基板を別のゲームに流用し、新しいゲームを作ることになりました

 

 

そこで抜擢されたのが、(パッケージや筐体デザインしかやったことのない)
新入社員である”宮本茂” 氏です。

また、そのお目付け役であり師匠にもなった”横井軍平” 氏が監督につきました。

(荒川氏は、NOAの危機なのに新人が割り当てられたことに憤慨したようですが、任天堂本社ではゲームウォッチなどの開発で人手が足りなく、手が空いているのが宮本茂 氏しかいなかったのです)

 

 

その頃の任天堂は、もともと「ポパイ」のゲームを作る構想があり、そのためにポパイの版権元キング・フィーチャーズ社と版権取得交渉をしていました。

実は、ここから「ドンキーコング」制作に行き着くのですが、その経緯を「ゲームの父・横井軍平伝」より、横井氏のセリフから引用します。

 

”ポパイのマンガ映画でね、オリーブが夢遊病かなんかになって、工事現場を歩くというのがあったんですよ。足場がなくなって落ちそうになると、うまいこと別の足場がばたっと支えたりなんかして、あればものすごい印象に残っていましてね。だから工事現場ならいろいろできるだろうというんで、ポパイを工事現場にもっていったんです。工事現場を背景にしようと決めたら、宮本君から「上から樽が転がってきて、それを避けるものにしよう」という提案がありました。その時は樽が転がってきたらはしごに登って避けると。樽が通り過ぎたら、はしごを降りて、また足場を上に登っていくだけという単純なアイディアでした。”

 

 

”左下にポパイがいて、上の方にブルートとオリーブがいる。これを放っておいて、どうやったらお客さんが「ポパイを上に登らせていけばいいだな」と気づいてくれるだろうか。まずはぱっと見たときに「オリーブがさらわれている」というイメージだったら、ポパイを近付けていくだろうと。でも、それでも動かさないユーザーがいたらどうしようと、宮本君とずいぶん一生懸命考えましたね。そこで「上から転がってきた樽を飛び越したら、今度は背後で火がついて後ろから逆回転して追いかけてくるようにしよう」と。そして否が応でも後ろから追いかけられて上に登っていくだろうと。こうして、画面の中でハウツープレイを説明しようとしたんです。”

 

このように、もともと新作ゲームとは「ポパイ」を使ったゲームの予定でした。
ところが、キング・フィチャーズ社との交渉が難航し、ポパイが使えない事態になっていました

 

・・・そこで宮本茂 氏は、

 ・ブルートを”コング”
 ・オリーブを”レディ”
 ・ポパイを”ジャンプマン”

として置き換えて作られたゲームが「ドンキーコング」であり、日本では1981年3月に販売します。
 

 

 

なお、任天堂本社から、NOAに「ドンキーコング」(のROM)が到着した際、荒川氏を始め社員たちは、当初その新作ゲームが”こんなの売れるはずがない”ということで失望しました。。。

しかし、NOA新入社員の一人で(雑用係で)あったハワード・フィリップス氏が大絶賛。

 

 

疑いながらもドンキーコングで勝負をかけるために、倉庫に社員一同が集まり作戦会議を開きます。

 

その際に、ドンキーコングのタイトル(名前)を変更しようとしましたが山内社長は拒否。
(荒川氏は、和製英語のタイトルに変な感じがしたのでしょう)

 
タイトルはあきらめ。。。
では、話題は残りの人物の命名の際に、、、”レディ”は、レーダースコープの在庫を管理していた社員ドン・ジェームズ氏の妻からとって「ポーリン」。

 

 

そして次に主人公の名前を考えていたところに、、、怒鳴りこんでくる人物がいました。

それは、倉庫代の取り立てに来た倉庫オーナーであり、ひげをたくわえた「マリオ・セガリ」氏でした。。。NOAを救うヒーローに名前がついた瞬間です。

(ドンキーコング発売後に、NOAで彼がドンキーコングの主人公に似ていいるという理由でマリオの名前がついたのでした)

 

 

このような経緯で、マリオは誕生し、アメリカでは日本に遅れること7ヶ月後の1981年10月に「ドンキーコング」が販売されます。

(当初は、販売に苦労はしたものの) 

その後NOAは、ドンキーコングの増産に次ぐ増産、またライセンス販売で、1982年には1億8千万ドルの利益を上げます。

 

 

 

 

●「当時の任天堂の舞台裏」

このような経緯で誕生した「ドンキーコング」は、オイラを始め多くの人たちを楽しませました。

しかしオイラが幼少の頃に楽しんだ「ドンキーコング」「ドンキーコングJr.」の裏側では、任天堂は「海賊版」と「著作権」との多くの戦いをしていました。。。

 

 

その中でも、大きなものは3つ。

 #1- 池上通信機 事件
 #2- ファルコン・キョウエイとの戦い
 #3- ユニバーサル社「キングコング」裁判

 

まず問題のタネとなるのは、「ドンキーコング」制作にあたり、プログラムを開発委託した”池上通信機”です。

 

 

 

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■池上通信機 事件

以前より任天堂と池上通信機は、業務提携関係にあり、それまでの任天堂のゲームを池上通信機が開発していました。


ドンキーコングも同様であり、1981年4月に任天堂と池上通信機は、ドンキーコングのための開発委託業務契約を結びます。

 

前述のとおり、「ドンキーコング」は宮本茂 氏がゲームデザインとストーリー、キャラクター考案しました。

そして仕様に基づいて池上通信機がプログラミングおよび基板製造し、任天堂に納品する契約です。

 

 

しかし、契約内容の詳細は割愛しまして、、、
ここにはとんでもない詰めの甘さがありました。


 ・プログラミング著作権帰属先の明示がなかった


 

つまり、「ドンキーコング」のプログラムは誰のものか?ということが明確に決まっていない状態だったのでした。

普通の感覚で言えば”考えた人のもの”ですが、実際にそれを実現する仕組みを作った場合は、その”作った人の権利”は?ということです。

 

 

 

それに対しての答えとして、1982年12月にタイトー「スペースインベーダー・パートⅡのプログラムは著作物である」という判決が出ます。


この判例を踏まえて、池上通信機は「ドンキーコング」は自社に著作権があり、追加料金を支払うべきだと主張します。

 

それに対する任天堂は、対価は支払済みであり、著作権はデザインをし、開発を指示した任天堂に帰属する、と真っ向からぶつかります。

任天堂は1983年6月に、池上通信機を差止請求権不在確認の訴えを起こします。

 

 

  

この問題は、続編の「ドンキーコングJr.」にも波及します。

任天堂は1982年3月に「Jr.」の制作に取り掛かり、ある程度技術力がついた任天堂自身でプログラム開発を行います。
(実は、池上通信機以外の業務委託会社があった、とも聞いたことがありますが)
 

しかし実は、「Jr.」はドンキーコングのプログラムを解析(逆アセンブル)し任天堂が作ったものでした。
 

これにより、池上通信機はドンキーコングのコードを使って作られた「Jr.」も自社のプログラム著作権侵害をしている行為である、と主張します。

 
池上通信機は、同年6月に任天堂より起こされた訴訟に対抗する形で、1983年7月に「ドンキーコングとドンキーコングJr.」に関する損害賠償を起こします。

 

これらの問題は、併合され審理されることになりますがたいへん長引きました。
結果、1990年3月26日に両者和解(和解内容は非公開)という形で決着がつきました。

 

 

プログラムの帰属先が明確でなかったことことが、
”池上通信機事件”の核心でした。

 
 

 

 

 

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■ファルコン、キョウエイ事件

当初、ドンキーコングは任天堂以外からも、タイトーやセガなどにも販売許諾をしていました。
そして、「クレイジーコングパート2」の記事でも若干触れましたが、その中にコピーメーカーとして有名な「ファルコン(キョウエイ)」があります。(キョウエイ、ファルコンは同一のグループ会社)

 

当時、キョウエイは、なんとすでに「クレイジーコング」としてコピーを作っていました。

(もっともこの頃は、海のものとも山のものともつかないコピー業者が沢山いました。)

しかしキョウエイから、なんとまあ「作ってしまったがコピー版として売りたくないので、許諾を得たい」と任天堂に申請します。


その結果、任天堂は1981年10月にキョウエイに、生産台数制限と輸出禁止を条件として、
渋々と事後許諾します。

 

  
ところが、キョウエイからファルコンへ営業権を譲渡し、台数制限や輸出禁止の取り交わしにもかかわらず
台数制限を超え販売し、そしてクレイジーコングの輸出販売、さらには「クレイジーコング パート2」「ドンキーコングJr. コピー版」を販売し続けます。。。

あと、改造ドンキーコングの「ペラちゃん」とか(ファルコン制作/コスモス販売?)

 

 

アメリカへの大量の輸出販売されたため、NOAが連邦地裁に予備的禁止命令を申請し、1982年2月以降クレイジーコング販売禁止命令と差し押さえで取り締まられます。

 

 
そして、1982年6月任天堂は、ファルコン、キョウエイ両者の契約違反・不正競争行為に対する仮処分申請し、同年7月にファルコンによる「クレイジーコング」の製造・販売・輸出禁止・基板差し押さえの仮処分が実行されます。

 
その後、任天堂は1982年10月に両社を相手取り損害賠償請求訴訟し、1985年3月に法定和解となります。
 
 

そしてまた両社は、「ドンキーコングJr.」のコピー版も販売しており、こちらは1982年9月「ドンキーコングJr.刑事告訴」として訴えられ、1983年1月にファルコン社長が逮捕、起訴されます。 

 

・被告側は、池上通信機から証人を立て、(前述の”池上通信機事件”でもあるように)「プログラムの著作権は池上通信機にある」と主張

・任天堂側は「Jr.」は宮本茂 氏の原案に基づいて制作されたもので、ドンキーコングのプログラム自体は任天堂から指示で開発したものにすぎない(ので、著作権は任天堂にある)と主張

 

 

1990年3月29日ついに、

「任天堂の持つ同ゲームの映画の著作権を侵害したのは明らかであり、またその犯行は計画的かつ大規模」ということで、

ファルコン、キョウエイに有罪実刑判決が下ります。

 

また、その他

・任天堂に「プログラム著作権は無い」が、映像著作権は所有しておりそれに対する侵害はあった(同年3月26日に池上通信機と和解してます)

・ソフトウェアに対して、そのものを映画と同様の”映像著作権”それを実現するコードである”プログラムの著作権”が別々独立している

 

という見解がでました。

 
つまり、
ゲームは”映画的な著作権”ということが認められた事件でした。

 

 

 

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■ユニバーサル社「キングコング」裁判


当時、このドンキーコングによる利益は誰もが欲しがるものでした、まずスペースインベーダーで莫大な利益をあげていたタイトーが、「ドンキーコング」の権利を全部買いたいと申し出がありました。

しかし、牝牛ではなくミルクを売るべきだということで断り、ライセンス販売の方向性を取ります。

 

そして、ドンキーコングの版権を得るために、コレコ社ATARI社がしのぎを削りますが、山内社長の判断により軍配はコレコ社にあがります。

1982年2月1日にコレコ社は、任天堂へ24時間以内に前金として20万ドルを支払う。また、カートリッジあたり1.4ドルのライセンス、という契約で6ヶ月独占販売権契約結びます。
 

 

 
しかしここに来て、
ユニバーサル社が古典映画「キングコング」の版権を元手に、コレコ社と任天堂にライセンス料を支払うように圧力をかけます
(キングコングがモチーフのゲームだからという主張です)
その経緯というのが変わったものでした。

・ 
1981年9月に玩具メーカーのタイガーエレクトロニックトイ社が訪日しており、「ドンキーコング」を見た社長が気に入り、(なぜか)「キングコング」の版権を持っていたユニバーサル社にライセンスの申請をします。

 


もともと古典映画「キングコング」は、1933年RKOピクチャーが制作した映画です。

(RKO=レイディオ - キース - オーフィアム・レイディオ・ピクチャーズ・インコーポレイテッド)

 
そして、1976年にユニバーサル社が「キングコング」のリメイク映画を公開します。

 
つまり、タイガー社が「キングコング」のリメイク映画を公開したユニバーサル社へライセンス申請をしたことにより、ユニバーサル社は「ドンキーコング」が商売のタネになることに目をつけました。

 

 

1982年4月にユニバーサル社は、ドンキーコングはキングコングの権利侵害と主張し、コレコ社アーノルド・グリーンバーグ社長へ訴訟予告の圧力をかけ、早々に圧力に屈しライセンス料を支払います。(その他多数の会社に同様の圧力をかけました)



そしてとうとう、

1982年6月ユニバーサル社が任天堂に対し訴訟を起こします。

 

それに対して任天堂は、顧問弁護士のハワード・リンカーンを上級副社長に起用し、そして法廷弁護士ジョン・カービィ氏を雇い(…「星のカービィ」?)、裁判で真っ向勝負にでます。

 
カービィ氏は、

キングコングとドンキーコングは全く関係ないこと

 

そしてなんとここで、

・ユニバーサル社の「キングコング」はすでに著作権権利切れで「すでに公共のもの」となっており権利が無いこと

 

また当時ユニバーサル社は

・同様の主張(権利切れ)でRKO社を訴えてリメイク映画を作っていたこと

 

を主張します。

 

 

これが全面的に認められ、
1983年に

・ユニバーサル社はキングコングの商標を持っていない
・ドンキーコングとキングコングは混同しない

という形で任天堂の勝利となりました。

 

1984年10月にユニバーサル社は控訴するが棄却されます。

さらに、1985年7月に任天堂はユニバーサル社へ反訴を起こし、ユニバーサル社が賠償金160万ドルの支払いという任天堂の完全勝利という最終決着で終わります。 

 

 

 

 

・・・「ドンキーコング」、「ドンキーコングJr」、それはゲーム業界に著作権の戦いの大きな決着をつけることになった作品群でもあるのでした。

 

 

 

 

 

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最後に、、、 

 

さて、このような渦中ではありましたが、ドンキーコングで才能を開花させた宮本茂 氏は、続編を考えます。誰もがマリオのさらなる活躍を望みました。

 

しかし、宮本茂 氏はドンキーコングとマリオの役を逆転させるストーリーを作ることにしました。

当時の技術的な問題でドンキーコングは大きすぎて動かせないため、その小柄な「Jr.」を主人公としました。

ドラマは、常に悪役との対立、そしてヒーローの意外な一面を見せる、それ故にマリオは”悪役”として起用されました。
(なんかダークヒーローっぽくてアメリカチックですよね)

 

 

やっと、今回ご紹介の「ドンキーコングJr.」につながりましたw

 

 
当時、ゲームでこのようなストーリー性を持ってデザインされたものはありませんでした
(そういった意味では”映画的”で、
氏はストーリに基づいてゲーム作るということの先駆者となりました

 

 

このことは、「ドンキーコング」「ドンキーコングJr.」で遊んでいた当時のオイラは見聞きしたことはありませんでしたが、Jr.制作については、前述で紹介した参考文献「ニンテンドー・イン・アメリカ 世界を制した脅威の想像力」にあります。

 

また、ゲームボーイ版「任天堂公式ガイドブック ドンキーコング」(攻略本)にも、GB版ドンキーコング開発についての一連インタビューの中で、宮本茂 氏によりマリオとドンキーコングの関係に触れられています。

 

--そもそもマリオとドンキーコングはどういう関係だったんですか?
”話せば長いんですけれど、そもそもドンキーコングというのは、マリオが飼っていたペットだったんですね”

 

--ドンキーコングは、なんのためにポーリンをさらって逃げていくんですか?
”あれはマリオをからかうためにやっているんです。配管工のマリオがゴリラを飼いながら工事現場で働いている、と。そのゴリラがドンキーコングで、そいつがマリオをからかってやろうと、ポーリンという女の子をさらって逃げていくわけです。”

 

--マリオとドンキーコングは敵同士ではないんですね。
”ええ。だから、オリジナル版のエンディングを作った時にも、ドンキーコングを殺したりするんじゃなくて、プレイヤーが知恵を使ってイタズラ者の気を失わせるというテーマで、ずいぶん長いこと考えたんですよ。”

 

 

 

オイラが思ったのは、まるで”トムとジェリー”のようだなあとw

 

 

「ドンキーコング」と「ドンキーコングJr.」をめぐる裏の戦いは、”仲良くケンカしな”とは行かず熾烈なものでしたが、仲良くケンカする”トムとジェリー”である「ドンキーコングJr.」は今でも本当に好きなゲームです

 

(でも、、、マリオのライバルが「ブラッキー」「クッパ」「ワリオ」…と変わっていきますよねw)

 

 

なんかずいぶん長くなってしまいましたが、ご高覧賜りありがとうございました!

 

 

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